水曜日のコロッケそば

年末の慌ただしい時期ではあるが、コロッケそばレポートは続く。せっかくなので、帰省タイミングに合わせて、今回は、上野駅（実家が茨城なので）のコロッケそばを紹介したい。

 

⚫︎そば処　つるや・上野大晦日。年越しそばに向けて、立ち食いそば屋までが、プロモーションを始めているけど、年越しそばと、立ち食いそばでは、まるで「食べ物としての属性」が違う。年越しそばは、一年を振り返りつつ、しみじみとした気持ちで家族でいただくものだが、立ち食いそばは「明日の」いや「ここ数時間後の仕事のため」に腹を満たすことを目的としたものだ。とはいえ、例外もある。それが、ローカル線の発着駅で食べる立ち食いそばだ。故郷へ帰る電車待ちの時間、または故郷から出てきて「これから一仕事やるぞ」という時の時間に、万感の思いを込めて食べるもの。それが終着駅の立ち食いそばだ。ある種、年越しそばに似た「郷愁」と「決意」とが交差する、特別な立ち食い。茨城県の日立市が故郷の私にとっては、上野駅が故郷への発着駅だ。

 

上野駅というのは特別だ。なぜか、昭和、日本の大衆の考える「田舎」の代名詞といえば「東北」だった。「訛り言葉」から来る発想なのか？豊かな都会に対比した「寒村としての田舎」という場所柄からなのか？戦時中の「疎開先」という印象が根強いからなのか？本当の理由はわからないが、田舎から出てきて立身出世といえば、それはもう東北出身者と相場が決まっている。昭和30年代、農村からの集団就職者たち（いわゆる金の卵）を乗せた列車が運行した時も、その終着駅は上野駅だった。そのあたりは、古くは井沢八郎の「ああ上野駅」、近年では映画「ALWAYS三丁目の夕日」でも描かれ、全国民的にもお馴染みの概念となった。そんな、関東以北の人たちにとって、東北本線、常磐線の入り口である上野駅は、やはり多くの人たちにとっての「上京」のシンボルであり、故郷との境界線なのだ。だからこそ、上野駅の立ち食いそばは特別であって欲しい。そう思っていた。しかし、時代の流れは、そんな田舎者の郷愁もゆるしてはくれない。エキュートなる駅ビルが出来上がると、旧来の立ち食いそば屋の居場所はなくなり、ちょっとスカした讃岐うどん屋（これはこれで美味い）や、揚げたての天ぷら（！）などを入れたそば屋が進出してくる。10年前まで、パンダ広場（馬鹿でかいパンダの人形が置いてあった構内スペース）にあった立ち食いそば屋は、東京のレトロモダンの象徴、洋食屋「たいめいけん」に変わってしまった。悪くはないけど、悩ましい、そしてあざとい「東京イメージ」のスライドだとも感じる。そんなわけで、今や上野駅構内からは、昔ながらの立ち食いそばというものが消えてしまったのだ。

 

今日レポートするのは、昭和の上野を懐かしむにふさわしい、貴重な一店。それが不忍口真正面、横断歩道を渡ったアメ横の入り口にある「つるや」だ。麺は、立ち食いそばの中では細め。断面にも角を感じるタイプで好ましいが、さすが茹で麺らしく、コシはない。とはいえ、茹で加減次第では、街中のまともなそば屋でも通用しそうなものだ。なぜなら、この「つるや」。一階店舗はまぎれもない立ち食いそばだが、二階には、着席形式で、お値段もそこそこの「そば屋」（天そばはあってもコロッケそばはない）を構えているお店なのだ。フツーのそば屋が、ローコストで気軽に食べられる、立ち食いコーナーを作っている、と考えれば、この麺の質感にもうなずける。さらには、つゆも二階で出されているものと同じ仕様に違いなく、立ち食いそばとは思えぬかつおだしの旨味を感じる本格派だ。化学調味料のくどさもなく、立ち食いそばのレベルから考えれば上出来のつゆだと言える。では、コロッケはというと、実にデカい。付け合わせのコロッケとしては明らかにオーバーサイズだ。かけそばとしての質の高さに加え、コロッケそばのもうひとつの目的である「手っ取り早く、大量のカロリーを摂取できる」という点において大合格である。前回の新橋「かめや」を大絶賛した後でなんだが、あちらが、西東京ビジネス街のコロッケそば王なら、こちらは東東京の終着駅コロッケそば王だ。お値段400円も「都会は物価が高くて」という田舎者にも優しいプライス。まさに価値ある一杯を堪能できる。年越し蕎麦として食べるにはあまりにトゥーマッチなコロッケそばではあるが、都会でひとりさみしくなった時、理屈抜きでパワーを蓄えつつ、心も体も温めたいと願うなら、問答無用でコロッケそばを食うべし、である。

 

では、みなさまよいお年を！