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Your dream candidate is just around the corner.

第七夜/ポンヌッフ・新橋

何しろもう7回も更新を重ねているのだから飽きられているんじゃないか?とはいえ、年も明けたので、典型的なコロッケそばらしい、コロッケそばのことを書いておきたい。そこで、今回は、新橋の老舗、ポンヌッフを選んだ。立ち食いそば屋にしては不思議な店名なので、それなりに興味もひけそうだし、何よりシチュエーションが「それらしい」。ふたつの要件を満たす名店には、ちょっとした思い入れもあるからだ。

⚫︎ポンヌッフ・新橋

前に食べ物なんて「うまいか、まずいか」(が、優劣の決め手)ではない。という趣旨のことを書いた。味覚のセンスなんてものは、所詮は個人によってバラバラだからだ。タガメの佃煮をうまいうまいと食う人もいれば、鴨の脂肪肝の美味さの魅力を語る人もいる。オレなんか、自慢じゃないけど、酒が美味い、なんて思ったこと一度もないからね。さらに言えば、個人的には「体にいい、悪い」なんて基準も、人間の人生という時間軸の中では、わりと曖昧だったりもする。毒物であっても、食べることによって満足が得られるのであれば、それは価値があると思っているからだ。食べて即、死ぬ、みたいなものでない限り、人は「腹を満たすために物を食べる」。そこで、改めてコロッケそばである。

まあ、店名がとにかくいい。パリ市内セーヌ川に架かる最古の橋の名前でもある。フランス語で「新しい橋」という意味なんだそうだ。新橋にある店、なのでポンヌッフ。安易な親父ギャグレベルだけど、実は新橋駅界隈には、同じ名前の喫茶店や、飲み屋が数件ある。誰しも考えることは同じだ。しかし、立ち食いそば屋としては、かなり意外性のある名前だと思うので覚えやすい。当然、新橋駅以外に支店はなく、ワンアンドオンリーの立ち食いそば屋である。今時のチェーン店にあるような企業戦略も見えず、昔からずーっと同じままだ。狭い敷地ゆえ、カウンターオンリー。店内に入れるのは5人が限界か?狭く、そしてぱっと見、そこそこ汚い。ドアも開け放っているので、夏場には虫が入ってきて当然といった雰囲気。狭い、汚い、など不満を言う客は当然こないから、それでいいのだ。

入り口には券売機があり、その横にはでかでかと「時は金なり」と書かれた張り紙がある。すぐにお蕎麦を出す、ということを重点に置かれているようで、ビジネス街のど真ん中にある立ち食いそば屋としては実に正しい。ここで、さらに、食べ物に対しての視野が広がるわけだ。食べ物に「早い」を求めるお客だっているんだという事。実は、自分は、この店は仕事で出入りしているフジテレビがお台場に引っ越した頃に、何度もお世話になっていたのだ。20年も前の話になるだろうか?お台場への交通手段は「ゆりかもめ」しかなかった頃、当然、ぎりぎりまで原稿を書いていて、いざフジテレビに向かう、という時、腹が減っていてもたいがい時間はない。そこでお世話になるのが、この「早い」が取り柄のこの立ち食いそばというわけだ。当時食べていたのは、かき揚げそば。この店のかき揚げは、他の立ち食いそばとちょっと変わっていて、紅生姜が入っている。脂っこい天ぷらの味を補正する意味で、この紅生姜は入りかき揚げは、なかなかいい感じなのだ。少なくとも「早い」」だけが取り柄ではない、ということは忘れてはいなかった。今回、訪れた時にも「かき揚げそば」を食べたい欲に駆られたが、ここは心を鬼にしてコロッケそばを食べるのだ。

チケットをカウンターに出して「うどん」か「そば」かを告げる。たまに、小さい声で呟く人もいるけど、立ち食いそばやでは大声で告げるのがマナーだ。カウンター内のおばちゃんは海千山千なので、愛想などふりまいてはくれない。最大限の主張をしておかなければ、最悪シカトされるのがオチなのだ。接客とは?顧客満足は?などの理屈など、通用しない店があることを覚えなければいけないのだ。マナー正しく注文すれば、本当に30秒程度でコロッケそばが出てくる。昼休みや、飲んだ帰り道、腹を減らしたビジネスマンでごった返すこの店では、このスピード感こそが最大のサービスなのだ。コロッケもてんぷらも、丼に投入する直前、煮立ったつゆにどぶんとつけてから乗せてくる。「あ、それではサクッと感が台無しじゃないか?」とも思うが、流儀なのだから仕方ない。むしろ、冷え切ったコロッケなのだからサクッと感などおそらく皆無だし、コロッケを温める、という意味では意味があるんだろう。出てきたそばを見てみたら、20年前に食べた時との変化があった。そばにはわざとらしい黒いポツポツが入っている。昔はこんなんじゃなかったけど、そば粉率が高まったということなんだろうか?すすってみたが、コシもなく、当然だけどそば粉の風味も感じない。見掛け倒しな感じだが、はなからそんな期待はしていないので問題ない。つゆは、関西人が恐れるどす黒さだが、なぜか塩辛くはなくむしろ甘みが立っている感じだ。それでも、JR経営のチェーンになりがちな、わざとらしい甘さでなくでちょうどいい。ザ・立ち食いの味だ。肝心のコロッケは、改めて見ると相当に分厚い。これまで食べてきたコロッケの中でも最大厚だ。さきほど、つゆをくぐらせてもらったものの、中までは浸透していないじゃないか。しかも、若干だが、じゃがいもの塊が確認できる。いわゆる冷凍コロッケだとは思うが、他店にはないポテト具合はかなり迫力のある味だ。これは、たぶん腹にたまる!わずかばかりに乗せられたワカメがむしろ邪魔かもしれない。男のコロッケそば、ここにあり、という感じで食べていて高揚してくる。立ち食いそばとは、何か?を存分に感じさせてくれる。コロッケそばの本質に限りなく近い。初心者にこそおすすめしたい一杯だと思う。

繰り返す。食べ物の価値は「うまい、まずい」だけではない。早い。だってある。狭く、汚く、セーヌのせせらぎなど、コロッケそばの前には無力なのだ。


 

住所/東京都港区新橋2-17-6

アクセス/JR新橋駅 銀座口ガード下

TEL/03-3573-1407

営業時間/5:00~26:00

定休日/無


コロッケそば:370円
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